Person - 2018-11-13 10:52:00

みんなの楽しいをカタチに。

NPO法人ハッピーライド 理事長 / 常田 貴清

障がいを持つ人のパワフルさにカルチャーショック。

僕が障がいを意識し始めたのには、きっかけがいくつかあります。
バンドでメジャーデビューを果たし、全国ツアーのライブで疲れていた時に、マッサージに来てくれたのが視覚障がい者のおばあちゃん(きよこさん)でした。当時の僕は、「すれ違う人のほとんどが目をそらす、悪そうなやつはだいたい友達(有名な歌の歌詞)」を地でいく服装と態度でした。きよこさんは、僕を色眼鏡で見ることなく内面で視て接してくれました。それが嬉しくて、嬉しくて、本当のおばあちゃんのように感じました。仲良くなって家に招かれた時に、揚げたての手作り唐揚げをご馳走になるなど、とても可愛がっていただきました。視覚障がいの方にご飯を作ってもらった・・・そのことが僕にとってはカルチャーショックでした。

また、ドアにぶつかったり、エスカレーターに乗れなかったりと、普段の行動に支障があるにもかかわらずパワフルに生きていることに驚きました。同時に、世の中のサポート体制が整ってないことに気付かされました。その頃からみんなが住みやすい社会って何だろうと考え始めた気がします。

 

もうひとつのきっかけは、3.11の震災。

東日本大震災直後、僕らは「被災地に笑顔と負けるなという言葉を届ける」をスローガンに掲げ、物資を集め、被災地に向かいました。現地に着くと、言葉をかけることができないような惨憺たる現実を目の前にしてショックを受けました。そしてコミュニケーションがとれていてコミュニティができている場所では「〇〇のおじいちゃんが大変だから助けに行こう!」という動きや声掛けで命が助かり、コミュニティができていない場所では助からなかった命があったという話を聞いて、コミュニティの重要性を痛感しました。

また、誰もがストレスで心がざわついている状況の避難所で、障がいを持つ人やその家族が外での生活を選んだ結果、寒さで亡くなったという悲しい話を聞きました。

同じ境遇であるはずの避難所というコミュニティでさえ、関係性ができていないと、そういう悲しい結果にもなり得るということです。誰が間違っているわけでもなく、誰かを責めるつもりもありません。共生するということはそういうことだと思います。「みんなが穏やかにバランスよく暮らせるにはどうしたらいいんだろう?」という疑問が、今のハッピーライドの原点です。


被災地訪問で地域の方々と


「謎解き」という魔法のツール。

「障がい」について考え、「コミュニティ」や「関係性」について何度もPDCAを回した結果たどり着いた答えが、関係性を変える「会話」の重要性とともに、厚生労働省が提案している「仲間づくり」の重要性でした。
そのきっかけを作る仕掛けが、チームビルディングやアクティブラーニングの手段を用いた「謎解き」という魔法のツールでした。しかもその中には、視覚障がい体験や車椅子体験をミッションとして組み入れ、「見えないこと」「歩けないこと」を感じつつ、「自分ならどう行動するのか?」をさりげなく気づいてもらう仕掛けを、事業やイベントの中に取り入れるようにしています。

その経験を通して、相手の立場で考える、お互いのことを理解し合うことを目的に始めたのがハッピーライドが企画する「謎解き」というツールです。「福祉イベント」というと近寄りがたいですよね?だからこそ、福祉を考えるためには、福祉であることを手放したんです。


 


これからのハッピーライド。

起きた出来事をプラスにとるか、マイナスにとるか・・・人の数だけ正解がある地域という場所で「みんなが主役、みんなで作る、みんなの町」を目指し、共生していく。そんなことができるかどうか判りません。ただ、僕は障がいをもつスタッフに挑戦する大切さを繰り返し話しています。

だからこそ、自分が挑戦をやめるわけにはいきません。七転び八起きし、抗い、踏ん張り続けてきて色々な経験をしたからこそ、様々な立場の考えを理解することができるようになりました。やらなきゃいけないと自身で解っていても、できない人がいることも理解しています。

地域には、裕福な人もいれば貧しい人もいます。障がいを持っている人もいれば、持っていない人も・・・。障がいの有無に限らず、表には出ることができない深層部分のマイノリティの人もいます。「排除することなく、全てをひっくるめて共に生きる」様々な企画をしていく上で、内容や表現方法についても、常識にとらわれずつながりを大切にした地域のモデルケースになれるよう、ハッピーライドとともに僕自身も活動していくつもりです。
「みんなの楽しいをカタチに」をコンセプトに!それが僕たちのTRIGGER。