Person - 2019-01-07 02:12:00

デッサンは視る力、その人にしか表せないのがデッサン力。

イラストレーター - 谷口 富 / キャラクターデザイナー - 谷口 亮

「廻り道をして、色んなものを吸収しなさい」

亮:絵を描く父の後ろ姿を見てきましたし、僕自身も小さい頃から絵を描いていたので、将来の進路を考えた時、自然と父と同じ道を目指すことに思い至りました。
当初は、高校を卒業したら専門学校に行こうと考えていましたが、父から「最短でゴールにたどり着くな!できるだけ廻り道をして、色んなものを見て吸収しなさい」と言われ他のがきっかけで・・・。

「じゃ、どこの美大にしようか?」と考えていると、美大の入試についても上手な人が不合格になったり、合格の基準が曖昧でわかりにくいという話を聞いて、運で受験するのは嫌だなと思っていました。

中2と高2の夏休みに、ロサンゼルスの郊外でホームステイをするという1ヶ月間の短期留学ツアーに行ったことがありました。友達もアメリカに留学していたというツテや、「海外に行って来い!」という父の後押しも加わって、カリフォルニア州のコミュニティカレッジへの留学を決めました。

富:小さい頃から絵を描くのが上手かったし、何より本人が好きなんだろうなと思っていたので、同じ業界を目指すと聞いた時も、「大丈夫だろう」と考えました。ただ、広告業界では何でも描かないといけないし、特に狭い福岡では注文を受けると自分のタッチというより、クライアントに合わせる必要もあるので、大丈夫かなという心配はありました。

「海外に行け!」と言ったのも、色んな人との交流が大切で、日本だけだと世界が狭くなると感じたからです。様々な人種が集まるアメリカだからこそ、音楽にしても、私たち日本人が考えもつかないような豊かなものが生まれています。
語学についても、グローバルにコミュニケーションがとれるようになるのはとてもいいことだと思いました。


「面白いな!」
父の言葉でキャラクターを描いて20年。

亮:入学するのは簡単だけど、卒業するのは大変だと聞いていたアメリカのコミュニティカレッジは、美術系の授業が充実していました。基本的なデッサン・アクリル・立体・水彩などをよく描いていました。漫画もイラストも好きでした。アメリカでもコミックイラストをよく目にしていたので、漫画イラストみたいなものを描いていました。

帰国後、滅多に褒めない父が「面白いな、そのタッチで行け!」と言ってくれたんです。父の言葉をきっかけに、キャラクターデザインを描き続け、かれこれ20年ほど仕事をしてきました。あの日の父の言葉が今の僕の「TORIGGER」でしたね。

実は、福岡のデザイン専門学校で非常勤講師をしていたことがあります。普段は感覚で絵を描いていて、何か特別な基準や数式があるわけでもなく「教える」ことの難しさを痛感しました。ただ、デッサンなどの基礎的な、人がやりたがらないようなことでも、きちんとこなすことが大切だとは話しています。


「デッサンが大切だ、デッサンしろ!」
父にもよく言われていました。

富:モノを見たまま描くのではなく、影の付け方や、見る人、見る角度を意識して描く、その人にしか表せないのがデッサン力。「デッサンは視る力」だと思います。あえて、それしか描かない人と、それしか描けない人では全然違いますからね。基礎ができていれば、何でも描けるものなんです。
デッサンがしっかりしていれば、この世界でやっていけると思いますが、描くだけじゃない能力も身につけないといけません。今でも「デッサンは続けろ」と話していますよ。



今後は、富:「生涯に遺る絵を」
亮:「オリジナルキャラクターの発信」

富:ギャラリーは10年前に始め、今は教室として約30名の生徒さんに絵を教えています。この教室では動物・花などを色鉛筆とパステル画、他には似顔絵や石猫を描いています。
石猫を描くきっかけですが・・・夢の中で、海岸を歩いていた時に、石ころが猫に見えたのがとても印象的で、目が覚めたらメモをして、それから6〜7年で今の形の石猫ができるようになりました。完成形がないので、追求しながらと、ずーっとこのまま描いていくんじゃないかと思っています。

広告業界では色んなものを描いてきたので、何かひとつ「僕らしい作品」というものを遺したい、自分の生涯に対する絵を描きたいと思っています。

亮:いつも目についた公募には作品を提出していました。今回、採用されたオリンピックのキャラクターもそのひとつでした。あのキャラクターは、もう僕のものではなくなったので、今は鑑賞するくらいですね(笑)。
せっかく、話題にしていただく機会も増えたので、4月は父とふたりで展示会を企画しました。父は似顔絵、僕はキャラクターを展示しましたが、たくさんのお客様に見ていただく機会になりました。
父と開く展示会は、なかなかタイミング的にも難しいものがありますが、いいきっかけになったと思います。オリンピックのキャラクターに選んでいただいて、色々なお仕事が舞い込むようになったのも、父の背中を見ていたから・・・。常にプロの描く姿がそばにあったという点では、環境に恵まれていたと思います。

富:オリンピックのマスコットキャラクターに採用されたと聞いた時は、両手を叩いて喜びました。僕には、今までそういう幸運なことはありませんでしたので、本当に素晴らしいことだと思いました。

亮:これからは、オリジナルで描いているキャラクターを拡めたいと思っています。力も入れやすくなったし、仕事も増えたので、自分のオリジナルキャラクターを発信していきたいと思っています。
どうぞ、ご期待ください。